at that time. 薄暗い執務室。高価で、座る人間を捕らえて離さない、椅子。 立ち上がること。部下と同じ目線に立つこと。 その気すら萎えさせるような椅子。 その椅子に腰掛けたまま、この部屋の床と同じように、広すぎる天井を眺める。 『ヤツの像をつくれと』 先ほどの、議長室でのやりとりに思いをはせる。 議会が既決を迎え、この部屋に戻る帰路、ふと呼び止められた。 そして迎え入れられた。この部屋と同じ、いやもっと広い議長室に。 そこの中央のデスク。その前の椅子。そこに、腰掛けている人物に。 現最高評議会議長に。彼女は何も言わず、ただ数枚の書類をイザークに見せた。 そこには、ある人物の立像の図案が描かれてあった。 瞬間、なぜか懐かしいという感情よりも、コイツを銅像にしようとする者に対しての嫌悪感が沸き上がってきたのが、自分でも意外だった。 『望まれて、いるのです。彼は。”救い”として。”汚れない者”あるいは、”英雄”として』 切なく。しかし、どこか諦めたように、彼女の口からぽつりとつぶやかれたその言葉。 それは、今は亡き元婚約者について語った言葉なのか、それとも彼女自身についてつぶやかれたのか。 イザークにはわからなかった。 先ほどから降り出した雨は、まるで霧のようだ。 この部屋は薄暗い。別に、意図して暗くしている訳でも、人工の日が落ちた訳でもない。一重にこの、霧のような雨のせいなのだ。 外に目をやる。雨は霧のように深く、重く立ちこめている。 ・・・・まるで、今のプラント。我々、コーディネーターの未来のようだ。 皮肉でもなく、ただふとそう感じた。 戦後、プラント最高評議会議長に就任したラクス・クライン。 彼女は熱狂と共に迎えられた。もう、彼女はただ、”平和の歌姫”として迎え入れられたのではなかった。恐ろしい程の熱狂とともに。多少言い過ぎな表現で表すとすれば、そう、それこそ神のように。 ・・・・アイツが消え、ついに一つになったのだ。 ザラではなく、クラインという、絶対にして唯一、プラント市民に崇められる事となった”名”が。 彼女はそれを持っていた。彼女が議長に就任し、オーブとも友好を保ち、戦後人類のために尽くしてきたラクス・クライン最高評議会議長。 しかし、だ。 すさまじい程の熱狂とともに迎え入れられた彼女だったが、1年、2年、3年とたつにつれ、市民の間で膨れ上がる、ある人物についての「疑問」に蓋をして置くことが困難になってきた。 ___アスラン・ザラはどうなったんだ? ___死んだのか?では、どうして死んだのか? それは、自分自身のことに精一杯だった市民の生活が安定し、政治にも口を挟む余裕が出てきたという事か。ならば、それでいい。イザークはそう考えていた。 しかし、ラクス・クライン、いや戦後、絶対の権力を握るようになったクライン派の人間からすれば、一大事だった。せっかく、”ザラ”とう名が、この世からもプラント市民の心からも消えはじめ、ラクス・クラインの力が絶対になってきたこの時勢において。 アスラン・ザラがザフトを抜けたなど。 平和のためとは言え、ザフト兵を、また殺したなど。 最高評議会に、背いたなど。 ___それを促したのが、他ならぬラクス・クラインなのだ、と。 ___そして、彼女が促した結果、彼は死んだのだ、と。 そんな事がばれれば、恐ろしい事になる。 ラクス・クラインが裏切り者なのだと、そんな事があっていいはずがない。そんな事がばれれば、プラント市民はまず第一に悲しみ、そして第二に、耐えられぬ激しい憎しみと怒りがうねりとなり、彼女を議長の座から、いや・・・”プラント”そのものから引きずり下ろす事となる。 恐ろしいほどの熱狂は、鏡に映せば恐ろしいほどの怒りになる。 耐えられないだろう。何としても隠し通さねばならない事だろう。 「躍動感、か・・・笑わせるな」 その人物の立像の図案を見た、他の議員がこぞって言った。 ___美しい。素晴らしい出来だ。まるで今にも動き出しそうな、そんな躍動感に溢れている。 ___まるで、本物のアスラン・ザラのようだ。 そんな言葉はデタラメだと、イザークにはわかっていた。 何がわかる。お前達に、何がわかる。 イザークからしてみれば、この像は躍動感などというものを、まるで感じさせない。ここに居座る。ただ、動かない。無言のうちに、そう言い聞かせるような像だった。 そう。アイツの立像を作ることで、クライン派が、市民の「疑問」に対して答えを与えたのだ。 ___アスラン・ザラは、ザフト軍人として最後まで戦った。すこぶる勇敢だった。彼は、我らの誇りそのものだ。 ___よって、市民の要望に添う形で、彼の立像を建てようではないか。 嘘だ。アイツはザフトを抜けた。オーブに属した。 そして、オーブ軍として戦っている最中に死んだ。ただそれだけだ。 デスクの上の書類に目を落とす。 ああ。立像になった彼は、ザフトの服を着ている。 その作られた伝説が、彼にとって救いとなるのか。 あるいは、死してなお、彼を永遠にこの地に縛り続けるのか。 イザークには、わからなかった。 席を立ち、窓際に寄る。霧のようだと思っていた雨は、どうやら違っていたようだ。 激しく窓を打ち付けている。そう。これは、霧ではない。 しかし、外気の様子は椅子から眺める風景とまるで同じ。 灰色で重く、数メートル先すらも見失うかのようだった。 イザークは、ふと額を窓に押し当てた。 そして、灰色の外気の先に浮かぶ、かつての旧友たちに語りかけた。 ___なぁ。ミゲル。オロール、マシュー。ラスティ。ニコル。・・・・・・アスラン。 お前たちの目指した世界が、幸せな未来が、今ここに、確かに存在している。 だが。自分の周りを見てみれば、必死に媚を売る議員や、熱狂とともに迎え入れられたはずの”平和の歌姫”、つくられた英雄にすがる市民。度重なる戦争で、またしても出生率低下に拍車をかけるように人口が減少したプラント。数年たっても、まだ安定しない世界情勢。 先が、まったく見えないんだ。それこそ、この雨のように。 ほんとうに、これがお前達が望んだ未来か? お前達の命を賭けてでも、無駄にしてでも手に入れなければならなかった未来か? 今、俺自身が享受している「平和」こそが、必死に足掻いて、見苦しく足掻いて、結局死んでいったお前達の命を、犠牲にするだけの価値がある「平和」なのか? __もし、本当にそうならば。 あまりにはかなく、むなしすぎないか? こんな未来に、お前達の命を無駄にするまでの価値があるなどと、思えない。思いたくもない。 イザークの問いかけに、かつての旧友達は答えない。 ただ、微笑んで立ちつくすだけ。悲しいほどに、綺麗な笑顔で。 なぁ。こんなもののために死んだのか!? お前達のいない未来は、こんなにも、こんなにもむなしいものなのに・・・!! 伸ばそうとした手は、窓に当たって遮られた。 我に返る。 相変わらず雨脚は激しい。 数メートル先が見えない。 イザークは顔をしかめる。視界が悪い。 しかし、それが激しい雨のせいなのか。 それとも、イザークの目から流れ出るもののせいなのか。 イザークは、ついにわからなかった。
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